立身流の紹介

立身流とは

立身流は室町時代に立身三京によって創始された総合武術です。居合、剣術を表芸として、柔術から手裏剣術まで広い範囲の武器の操法を伝承しています。戦国時代の流儀を体系的に伝承している数少ない流派のうちのひとつです。

江戸時代には佐倉堀田藩の刀術五流派中もっとも多くの藩士が学んだ流派で、歴代の非凡な剣士によって厳しく伝承されてきました。また、中津の奥平藩にも立身流の分派があり、福沢諭吉はこの系統の居合を学びました。晩年には健康管理のために、毎日立身流の居合を抜いていたことが「福翁自伝」に記されています。

現在は第21代宗家・加藤高先生の子息第22代宗家・加藤紘の下に立身流の保存と伝承に努めております。宗家加藤紘先生は現在、「日本古武道振興会」の常任理事及び「日本古武道協会」理事を勤め、「立身流武術の形」伝承者として千葉県より無形文化財に指定されております。

立身流の特徴

立身流はきわめて実戦的な総合武術で、その形は一見地味でありますが江戸時代以前の戦国武術の古格を十分にしのばせるものがあり洗練されたその形は「動く禅」とも称され、その動作は見る者をして立体芸術的な動作美を感せしむるものがあります。

流儀の特微は、居合・剣術を基本として、様々な武器を扱う総合武術が構成されていることです。これは戦場ではあらゆる武器の使い勝手に精通していなければならなかったことに起因しています。

 技の基本は「向」(むこう)、「圓」(まるい)の二本ですが、この基本の動きを、居合、剣術で徹底的に習得して他の様々な武器に応用します。換言すれば立身流の修行は「向」「圓」から入り、「向」と「圓」に終わると言っても過言ではありません。

立身流では様々な武器を使いますが、基本となるのは太刀技です。

居合

立身流居合の特微は、形のなかの様々な所作から汲み取ることができます。
まず、他の流派に見られる、血振り等の所作がありません。納刀(刀を鞘に納める)の動作も立身流独特の納め方をします。さらに刀の重さを最大限に利用し、鎧をも断ち切る独特の斬撃を多用します。

居合の本数は基本となる表の形は8本です。それぞれの形に●序●破●急の形があり、あわせて24本となります。さらに陰の形があるので48本となり、立合、居組がありますので、96本となります。このように、基本となる技は「向」「圓」の2本ですが、状況や方向に応じて変化し、膨大に増えてゆきます。

(注)
序の形
基本通りに、正しく、正確に演じる形(文字で言えば楷書)
破の形
実戦を想定した形(文字でいえば行書)公開の場所ではたてまえとしてこの形を演武します
急の形
さらに凝縮(文字でいえば草書)した形 昔は公開の場では演武しませんでした
(1)立合  立った姿勢から演武します。
(2)居組  座った姿勢から演武します。

(注)明治になって警視庁では全国の古武道の中から主な技を集めて警視流居合を作りました。立身流の「四方」の形が取り入れられています。

剣術

剣術は、二人一組となり、実際に木刀で打ち合う形です。居合や半棒(杖)の応用としての「提刀形」(ていとうのかた)や、さらに「五合形」の「詰合」(つめあい)などがあります。基本の形としては、表の形6本(太刀対太刀)と陰の形3本(太刀対小太刀)からなりたっています。
(注)それぞれの形に●序●破●急の技があるのは居合と同じです

実際の稽古は立身流独特の袋竹刀を用いました。現在は木刀で稽古することが多くなりました。この形の構成の特徴は「向」「圓」の技以外は総て、攻防が二本続くことです。

(注)警視流剣術の形に「巻落とし」の形が入っております。

俰(やわら)

戦国時代の鎧をつけた組み討ちから発達した技です。
手首、肘、肩膝関節及び足首等を脱臼さぜる技や急所に当てる技が組み込まれています。
俰は徒手対徒手が基本でありますが、短刀や太刀や半棒を使って応用変化します。こうした応用変化が様々な場面に使われていることも、立身流が総合武術であることを物語っております。

(注)警視流柔術の中に「柄搦」の技がはいっております。


updated 08May31, revised by yasumi